多面性、多様性
主にアジアが好きで韓国、中国、台湾、インドネシア、ベトナム、カンボジア、タイ、インドなどに行きました。
新婚旅行にインドに行きたいと言うと大反対され、頓挫。
カンボジアに家族で行ったときに、まわり方々からなぜ?と聞かれてう~んなぜなんだろう?と考えました。
もしかしたら、多面性、多様性なのかな?
関健作さんは、写真家です。
彼のホームページは
www.kensakuseki-photoworks.com
彼の写真を見ると
子(人)は、いろいろな顔があって多面性、多様性があると思う
友だちといるとき、勉強しているとき、親といるとき、手伝いをしているとき、宗教に触れているとき‥等々
関健作さんはブータンで教員をやっていたとあります。なるほど合点がいきました。
私も(誤解をおそれずに言うと)
その人の純粋な面を信じることはしますが、その人の一部の行動は安易に信じないというふうになります。
『信頼はしているが、信用はしない』というふうに私は表現することがあります。
教育のなかで、その子の純粋な『わかるようになりたい』『わかってうれしい』という部分は、心から信じます。そこの部分があるので続けていくことができます。
それなので、子が何か課題をやってこないとしても『もっと気持ち良いことを継続しなくちゃだめでしょ!』と言えます。
逆に私が叱るときは、その子自身が自分のその純粋さのようなものを見ないようにしたときです。それが習慣になってしまうと、本当の自分から離れていってしまうように思えるから‥でしょうか。